まあ、主にパクヨンハのことを書くつもりでいたのだが、彼の新曲のPVを見て、キムテヒのことも少し書きたくなったので書かせてもらう。
一言で言えば、キム・テヒはチェ・ジュウとは意味合いがかなり異なるが、日本で受ける次の女優として、キム・テヒは有力候補であろう。
相変わらず、韓国のそれは、たとえ短編のPVと言えどもヒロインが死んでいくという、ワンパターンには違いないであろう。
しかし、私が、パクヨンハのPVを見て、「この子は誰?」というように興味を持った。
もちろん、前から言っているように、日本人好みというか、アジア全体でも通ずる顔をしていることは重要なことである。
さらにキム・テヒには「憂い」というものを出せる女優である。
この「憂い(うれい)」と言うものの説明は非情に難しいのであるが、私は歌の世界でよく使う言葉である。
美しいだけでもだめで、悲しい顔をしていてもだめなのである。
何か心に響くものがなければいけない。
もちろん、歌でも、歌唱法が上手な歌手は多数、日本には存在する。
でも、明るい歌を歌うときでも、しんみりとした歌を歌うときも、やはり声に「憂い」が無ければ、数曲のヒットで消えていく。
これは好き嫌いの問題でもあるのだが、そう単純なものでもない。
日本人の歌手で言うと、ZARDの坂井泉水さんの声はもちろんであるが、他にあげれば、例えば、ドリカムの吉田美和さんなんかもそうである。
今はやりの「平原綾香」さんなどは、「憂い」と「重い」の両方があるので、曲に恵まれれば売れるが、ジュピターがなぜあの程度しか売れなかったのかは不思議である。
もちろん、「BLESSING」なんて、近年まれに見る良い曲と思うのであるが、あまり売れなかった。
きっと世間では、平原綾香さんの持つ「憂い」よりも「重さ」を感じているのかもしれない。
そのあたりは、また別なところで書く。
キム・テヒに戻るが、彼女は女優になるべくしてなった人であろう。
この「憂い」と言うものは、後で作られるものではなく、たぶん、生まれつきの要素が多いと思う。
それを持ちながら美しい人というのはなかなか出てこないものである。
まだ私は見ていないが、そのキム・テヒがチェ・ジュウと競演しているという「天国への階段」(レッドツェッペリンではない)(^_^;)、このドラマは非常に期待している。
もちろん、パク・ヨンハの新曲のPVにこのキム・テヒが出ているのであるから、パク・ヨンハも当たり前だが出演している。
その彼だが、この人は、私の感覚で言うと、日本で受けて当たり前、と思っている。
もちろん「冬ソナ」ファンから見れば敵役であるが、何度も書くが、あのドラマを3回観れば、パク・ヨンハ演ずるサンヒョクがあのドラマの中で、一番悲しいのではないかと思えてくるものである。
そして彼が「冬ソナ」を離れれば、いわゆる無国籍アジア風の好青年風であるから、日本でもファンが多くなって行くに違いない。
彼の顔がかわいいというのも良いことだ。
さらに、パク・ヨンハは、役者としても、歌手としても、「憂い」を持っているのである。
決して名役者とか、偉大な歌手とか言っているのではない。
パク・ヨンハの持つ素材の問題なのだ。
だから、超一流になるのかどうかは分からないが、これからどんどんと人気が出てきて、人気がまた彼を良い役者や歌手に育てていくことと思う。
まあ、パク・ヨンハは、噂では、韓国では、あまり仕事もないようで、「冬ソナ」ブームが終わるまでにと思っているのか、日本に良く来て、一仕事しては、韓国へ帰っている。
そのことについての賛否はあるであろうが、少なくとも彼は日本語を一生懸命練習し、できるだけ日本語でコミュニケーションを図ろうと努力している。
これは、好感度は大である。(*^_^*)
そう言うことで、パク・ヨンハとキム・テヒの二人は、今後、日本でブレークしていくかもしれない。
キム・テヒの方は、まだまだ未知数のところが多すぎるが、少なくとも「冬ソナ」を一度しか鑑賞していない人をのぞけば、パク・ヨンハは、ブレークする確率は高いであろう。
「冬ソナ」ブームがだんだん消えていくとともに、逆に、「サンヒョク」のイメージが消え、パク・ヨンハなら、十分に一本立ちできると思う。
何はともあれ、韓国は、男優、女優の宝庫である。
じゃあ、日本の、少なくとも女優陣はどうなるのかと心配する向きもあるかもしれないが、
常盤貴子と竹内結子の二人で、まだまだ太刀打ちできると筆者は思っている。(笑)
でも、キム・テヒへの密かな期待は、まだ内緒である。w
追加であるが、「憂い」という漢字より「愁い」という漢字の方が正解のようである。
見かけは前者の方があっているような気もするのだが、意味的には後者のようである。
漢字とは難しいものである。
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