さて、ハンコの続きを書こうかと思っていたのだが、めぐみさんの拉致事件関連のニュースを見ていて、やっぱり朝鮮民族にも腹が立ち、韓国人にも腹が立ったので、表題のことを書くことにした。
まず結論から言うと、韓国人(もちろん朝鮮民族であるが、北朝鮮の人々は、韓国ほど自由にモノが言えないので、あえてこう呼ぶ)の一部の歴史学者の考えの根底にあるのは、日本の天皇家が、元々は朝鮮人であると言いたいのだ。
もちろん、こう書けば賛否両論があると思うが、これは一番象徴的なことであって、それ以外でも、今の日本人は、朝鮮民族のおかげで、このような大国に育ったかのように言いたいのだ。
天皇家のことを一市民が申し上げるのは非常に失礼なことではあるが、歴史上の事実と、日本神話が混じった、時々変なことを言う筆者だと思って、さらりと読み流して欲しい。
そもそも日本民族の発祥はと聞かれると非常に困る。
有史以前の日本は、地理的に朝鮮半島とつながっていたというのは、定説として良いだろう。
だから、日本列島古来の民族がいても、半島を伝わってきた部族も多くあったはずである。
騎馬民族説などを読んでいると、確かに半島、もしくはさらに奥の中国大陸や、中央アジアの一部族が、半島を経て日本に渡ってきて、卑弥呼などがいた小国のほとんどを束ねることによって、日本という国を作り、そこに天皇が誕生したとしてもおかしくはない。
しかし、その時代が今から二千年も前の話だとすれば、その二千年以上の時代で、十分に日本民族が形成され、天皇家を頂点とする日本国家が誕生していても何ら不思議はない。
もし、天皇家が、日本神話にあるように、日本古来の天皇家であっても、半島の血を引くお后を迎えた事実もある。
だから、天皇家には半島の血が混じっていると言われても否定はしない。
そこで韓国人は短絡的に、日本を治めている天皇家の祖は、韓国人と同じであるというような論調にすり替わる。
これがおかしいのだ。
韓国人が根本的に間違っているのは、半島出身者は朝鮮人だと思っているところである。
少しでも朝鮮半島の歴史を知っている人は、私が韓国人の言っていることはおかしいと言っている理由に気がつくであろう。
そもそも、有史後、今の韓国の南の方は日本の領土であったというのが今の定説である。
物的証拠として、韓国の南部にはいくつかの前方後円墳という形の古墳が存在する。
これは古墳時代の日本の文化が少し遅れて半島に伝わっている証拠であり、しかも日本国内でも、古墳を作ってもらえた人は、皇族や、大きな豪族である。
さらに、それと前後して、半島南部には「任那」と言う、日本の領土が存在した。
この二つの事実を、今の韓国政府は、歴史として学校教育に取り入れていない。
しかも、考古学的に見て非常に価値のある古墳の発掘さえも許していない。
理由は二つ考えられる。
一つめは、もちろん、半島に日本人が住んでいたなんて、今の韓国政府の教育を受けた学生たちが、多分、混乱を招くからであろう。
韓国では、正確な古代史を教えていない。(理由は後で書く)
二つめは、韓国政府は、半島人を朝鮮民族として教えたいらしいが、古代の半島人はそうではなく、史実に反するからである。
半島の歴史を有史以降振り返ると、最低四つの国があった。
「高句麗」「新羅」「百済」「任那」
である。
このうち「任那」の存在すら認めていない韓国人の学者がいる。
この事実は、朝鮮民族には耐えられない汚点だと思っているからであろう。
しかし、朝鮮半島の歴史は、それだけではない。
半島の北を「高句麗」、南を二分して「百済」と「新羅」があった。
もちろん「任那」が無くなってからの話だが。
そこで、少しだけ知識のある韓国人は、朝鮮民族というのは、それら三つの国が併合して出来た民族と思っている節がある。
これは、韓国政府が、正しい古代史を、韓国国民に教えないからそうなるのだ。
五世紀には大和朝廷も安定し、今の天皇に当たる人は大王(おおきみ)と呼ばれ、当時では軍事大国となっていた。
そこでその昔から交流があったと思われる、半島でもっとも対馬に近かった「百済」が、北の「高句麗」の圧力に対抗するために、非常に日本と親しくしていた。
もちろん大和朝廷も、半島の領土であった「任那」が「新羅」に占領されていたため、喜んで百済に協力した。
そこで問題になるのは、大和朝廷と百済の関係であるが、当時の日本の東部と北部をのぞくほとんどの地域を納めていて、しかも昔の「任那」の領土を、「新羅」と戦って取り戻し、「百済」にその領土をゆだねたことを考えると、私見であるが、「百済」は日本の属国的な関係にあったのではないかと思う。
これは言語でもある程度言えることであって、大和朝廷は「百済」の言語は使わなかったが、「百済」から送られてきたものや、「百済」の人々が今の日本に渡り、大和朝廷で、いろんな役割を果たしていたという史実から、「百済」の上流階級の人々は、日本語を理解していたと想像できる。
人民レベルでは分からないが、後の李氏朝鮮と、中国の歴代王朝の関係のように、「百済」があくまでも大和朝廷の軍事力を当てにしていたと思う。
もちろんその見返りとして、主に中国などから伝わった工芸技術や、仏教、学問などを、日本に伝えたり、時として、日本に渡ってきて、渡来人として多くは大和朝廷に使えたと考えられる。
しかし、大和朝廷も、まだ日本全国を制圧しておらず、北海道と沖縄をのぞいて、本土と四国と九州を制圧したのは、おそらく七世紀以降と言われている。
その頃から、大王は正式に天皇に呼び名が変わっている。
そう言う大和朝廷の事情を知ってかどうかは知らないが、確か660年頃に、「百済」は当時の中国に力を借りた「新羅」に滅ぼされている。
あわてた大和朝廷は、水軍を出して、「百済」を助けに行ったが、当時の「新羅」のバックアップであった「唐」の水軍と戦って敗れたため、一気に日本の半島南部への影響力は低下した。
この戦いが有名な白村江の戦い(はくすきのえのたたかい、はくそんこうのたたかい)と言われる物である。
蛇足だが、韓国では、朝鮮人が日本人と戦って勝った戦争だそうだ。←このように、韓国では歴史は都合の良いように変える。
それからは、年号は正直忘れたが、「新羅」は国力を増し、やはり中国の力を借りて、北方民族であった「高句麗」をも倒した。
それで一旦、半島は「新羅」のモノになったように思えるが、やはり国の後ろが大陸であった「高句麗」の残党が集まって国を立ち上げ、「高麗」と呼び、「新羅」を滅ぼして、ここに一見、半島の平和が訪れるのである。もちろん、「新羅」自体が、「唐」の力が弱まったせいで、内部分裂もあり、色々あった末に「高麗」が出来るのである。
この「高麗」こそが、朝鮮民族の祖であり、西暦900年代前半のことである。
しかし「高麗」は、相変わらず、当時の中国の王朝の顔色を見る朝貢する側の国であった。
その後、「ジンギスカン」の名前で有名なモンゴルの「元」が日本以外の東アジアと中央アジア、そしてヨーロッパの一部まで勢力を伸ばした時期があり、あの「元寇」の戦いの船は、朝鮮半島からの出兵であり、多くの「高麗」人が、それに参加していた。つまり「高麗」の完全独立は勝ち得ていなかった。
やがて「元」の力も弱まり、十四世紀中期にはもとの「高句麗」を含めて、朝鮮半島全体を支配下に置いた。
しかしそれも長く続かず、「元」の影響力が無くなるにつれ、中国では「明」の国力が増し、朝貢国である「高麗」内部は、親明派と、反親明派とに分かれた。
そして十四世紀の終わりに、親明派である武将の李は、明や、親明派の官僚たちの支持を受け「李氏朝鮮王国」を興した。
現代、北と南に分かれているが、この「李氏朝鮮王国」が、今の朝鮮民族であり、朝貢国であり続け、実質「明」そしてその後の中国王朝の支配を受けながら、かろうじて独立国として日本の朝鮮併合まで、この王朝は続いた。
長くなりましたが、韓国人の一番いけない点、「半島人」=「朝鮮人」と思うのは、歴史的に全く間違っていることが分かってもらえたと思う。
だから、もし、天皇一族が、騎馬民族説のように、半島を渡ってきたとしても、「高句麗」とは全く関係のない民族であり、しかもそれくらい古い時代のことまで遡って、民族というモノを検証しなければいけないのだったら、韓国には古代史はない。
いや、今の政府が、国民、特に学生に教えるべき古代史が無くなるのである。
その結果、日本に対しては、韓国に都合の良いように解釈をし、韓国国内の前方後円墳などは、考古学者の調査を一切拒否している。
韓国においしいところだけをかいつまんで国民を教育し、しかも日本の「天皇」は、半島出身(つまり朝鮮人と言いたいらしい)と主張している。
これだけの史実がありながら、全くおめでたい国である。
蛇足であるが、日本が日韓併合を行うまで、「李氏朝鮮王国」では、インドのカースト制度のような、厳しい身分階級があった。
もちろん、それを無くしたのは日本であり、しかもハングルを第一国語、日本語を第二国語として教育することで、ほとんどの人が読めなかったハングル文字を朝鮮半島全体に普及させたのも日本である。つまり平民や、それ以下の人々にもと言うことで。
もう一つしつこいようだが、確かソウルだったと思うが、「解放の碑」があり、朝鮮半島に、日本軍が侵攻することによって、朝鮮半島は、千年以上もの中国の支配から解放され、それを記念して建てた碑である。
それがいつの間にか、第二次世界大戦が終わり、日本の支配から解放された記念の碑として、国民に教育している。
こんな国であるから、冒頭に書いたように、「天皇は朝鮮一族の末裔だ」なんて真っ赤な嘘をつきたがるのである。(そこまで露骨には表現してはいないが)
だから、韓国の歴史家や政治家がそう言うことに近い話題になると、絶対にそう言う話題にしたがるが、韓国人とはそう言うものだと理解して、これからも付き合っていかなきゃならないんです。
日本人も、韓国人の一部か大勢かは分からないが、そう思っている人が、韓国国民にいると言うことを忘れてはいけない。
天皇陛下は日本国の象徴である
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