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May 24, 2008

後期高齢者医療制度の誤り

後期医療制度の「誤り」と表題にしたが、もっと正確に書けば、「後期医療制度に押しつけた嘘」になるのだろう。

確かに、現行の保険医療制度を続けると、健康保険制度自体が破綻するのは目に見えている。
その点では自民党の言い分が理解できる。

しかし、今必要なのは、保険医療制度を保つためには、保健医療費に税金を投入することではないのか?

そう書けば、野党の言う財源である消費税10%が正しいのかと言われると、それもまた違うと思う。
確かに各国を見ていると、消費税10%は避けることの出来ない道であろう。
しかし、それと健康保険の財源とは意味が違うのである。

健康保険の財源は、一般税収によってまかなわれるべき物であり、常に健康保険の政府負担の総額を決めている、つまり先にリミットがあって、後で保険制度を考える今の健康保険制度がそもそもの間違いなのである。

最近話題になっている道路財源など、こういう既得権となりうる税収をすべて廃止し、おしなべて今の日本という国に必要な税金の使い道を考え、予算を組み、国民から得た税金を国民に還元できるように考える、この考え方がごく普通に思える。
つまり優先順位が今のこの国のやり方では、既得権が得られる物の優先順位が高く、医療費などの、今の政府から見ればやっかいな支出などは、優先順位がぐっと後ろに来る。
この考え方は、すべての官僚と、それについて行っている政治家の既得権がすべての悪の根源である。

確かに政治家と言っても、国会議員でさえ、正規の収入だけでは、次の選挙に勝つためにお金を使うしかないとも聞く。
その原因は、国会議員の給料が安いことにあり、なぜ国会議員の給料が安いのかというと、衆議院も参議院も、議員定数が多すぎることと、選挙にお金がかかりすぎることの二つだと考える。
その二つが解消されたなら、国会議員になった人が裕福な暮らしをしていても、ちゃんと国民のために国会で討論し、国のために働いてくれるのなら、私たちには文句を言う筋合いはない。
私の考えは、こういう議員職に就くような人が収入のことを考えながら仕事をしなければいけないこと自体が間違いなのである。

官僚も同じで、年齢が行くと、自分と同じ年か、年下が政務次官になってしまうと、その自分は官僚を辞めなければならないという現行制度がおかしいのだ。
もし今の制度が正しいというなら、天下り先が無くなると、誰も官僚になりたくはないだろう。
だから、官僚も、能力のある人は、たとえ出世レースに負けても、何らかの地位に就き、引き続きその専門知識を働かせて、ちゃんと定年退職まで働ける環境が必要であろう。
もちろん定年退職後は、年金で生活し、決して老人になってまでも天下りをする必要はない。
もし働くなら、もといた組織の顧問くらいが妥当であろう。

そういう風に、政治家と官僚の生活が保障されていないから、みんなが利権に走り、既得権を重要視し、結果的に一般財源の不足を招く。
一般財源の不足している現状では、とても一般税収入を健康保険の財源に持ってはこれないだろう。

つまり、後期医療制度という物は、この国のひずみが生んだ産物なのである。

だから国民は今何を主張すべきかというと、特定財源を無くし、一般財源を増やし、税金を国民医療に回すと言うことであろう。

税金を国民医療にと言うだけでは、とても金銭的に余裕がないのだ。
あくまでも特定財源を無くし、官僚や政治家の既得権を剥奪し、一般財源で医療費の財源をもっと優先順位の高いところに持ってきて国会で討論してもらわなければいけない。

そう考えると、今の与党の言うことも、野党の言うことも、的が外れている。

確かに小泉改革の郵政民営化によって、困っている人も多い。
しかし、郵政を民営化したことによって、今まで郵政で不当なお金を得ていた政治家が無くなり、少なくとも一般財源の増加には繋がったと思う。
もちろん敵も然る者、郵政族は色々な小細工をし、そう簡単に財源をすべて離してないようであるが。

でも、今の官僚国日本では、既得権を剥奪するには民営化がもっとも手っ取り早いのである。

例えば道路公団の完全民営化でもすれば、マイナス面はさておいて、少なくとも既得権を手放すことになる官僚や政治家は多いことであろう。
そう考えると、小泉路線もあながち間違いではなかったかにも思える。

そうは言っても、即医療費に回す財源を得るにはやはり消費税アップが一番手っ取り早いであろう。

それともう一つ、今、ジェネリック薬品を使用することを強く進めているようだが、やはり先発品の効きが良い場合が多い。
これこそ、国の小手先の騙かしであろう。

とにかく一般財源でも特定財源でも良いから、医療費に税金を投入することを国が行われる世の中にならなければいけない。
その為の努力は恐ろしいほど深いものであったとしてもだ。

しかしそれだけでは解決しない問題がある。
それは実際の医療現場である。

医師は必死で、薬価と、実際の薬品の購入価格の差を表で見て、自分の医院で使う薬を決めている。
これなどは、稼ぐ努力なのか、生きていくための努力なのか、その違いがはっきりしない。

今の医療制度自体も大きく変える必要がある。
その根本となるのは、医師や歯科医師は、どういう治療をすればお金が儲かるかなど考えなくてすみ、患者に十分な手当をしても、医師や歯科医師は、少なくとも最低賃金くらいは保証されるべきだろう。
もし、医師や歯科医師に儲ける必要のない制度が出来れば、患者は良い医師を選択して受診すればよいのである。
だが、現実には、医師や歯科医師は、もうける努力をしなければ、裕福な生活というか、最低限の生活も出来ない。
これは国会議員と一緒で、十分な収入は保証されて当然であろうと思う。
それには医師や歯科医師などの定期的な試験が付いてくるのは当然のことで、レベルは維持しなくてはならない。
さらには、患者さんを見る数の問題も生じる。
話は少しそれるが、医者は午前中だけで百人の患者さんを見ることが出来るが、歯科医師は午前中だけなら二十人が限界であろう。
しかし、医師の方が保険点数は高い。

こうやって書いていくと、後期高齢者医療制度という物を考えるには、ものすごく多い問題がその奥に潜んでいるのが分かる。
一筋縄ではいかない。

やっぱり最初に考えるのは、目の前の財源になるのであろうか?
そこに軟着陸してすべて良しと言うことだけは絶対に避けて欲しいものである。

蛇足ではあるが、この後期高齢者医療制度の元を考えたのも小泉元首相である。
そう考えると、これは小泉が出した一つのメッセージかもしれないと思うのは考えすぎであろうか?

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