« 長崎市市長選挙はテロに屈した! | Main | ZARD 坂井泉水さんの死パートⅡ »

May 31, 2007

ZARD 坂井泉水さんの死

この話題は書きたくなかったのだがこのブログ自体の名前にZARDをお借りしている以上、これ以上無視はできないと思い、書くことにした。

坂井泉水さんが死亡したというニュースは、この月曜日のテレビなどで大がかりに流れる直前の友人からの電話であった。
正直言って信じられないという思いとともに、絶句した。
本当に言葉が出なくなったのだ。

その直後、その日は偶然午前中の仕事がすぐに終わり、後はインターネットや2チャンネルで情報を収集した。
「嘘だろ」と思う心は徐々に消されていき、死亡が確実になった時、涙がこぼれそうになった。
実際は泣いていたのか分からないが、他人が見ていないので何とも言えない。

その日の午後のお仕事はもちろん、虚ろな状態でおこなってしまった。

とにかくそのショックの具合は表現できないほどである。
この程度の心の持ち主である私がもし肉親の死に直面したら、きっとボロボロになるであろうと思う。

個人的なことはさておき、未だにこれを書いている時点で「後追い自殺」が一件も報道されていないのは非常によいことだと思う。
確かにファン層の年齢も関係あると思うのだが、私でさえも、この先坂井泉水さんに会うことはないのだと思った時にふと頭をよぎったのは、「死ねば会える」という間違った考えであった。
そりゃ、天国というモノは実際にあるのかもしれないが、そこへ現世の記憶を持ったままその名の通り、天国のような暮らしができるのなら、とっくに人類は滅亡しているであろう。
そのくらいの理性は日頃から持ち合わせている私は「後追い自殺」などしなかった。
しかし、「後追い自殺」を勘違いでおこなう人の気持ちは、少しは理解できた。
たとえそれが間違った行動であってもだ。

私のZARDとの出会いは、みんなが思っているほど古く無く、ちょうど「この愛に泳ぎ疲れても」が流行っている時であった。
もちろん「負けないで」という曲がその前にあって、春の選抜高校野球大会の入場行進曲になったのは知っていたが、普通、その歌を歌っている人は入場式の時の民法の放送のゲストに呼ばれて参加する場合が多い。
しかし坂井泉水さんが入場式に来なかったのを偶然テレビで見て知っていた。

1990年代の初頭は、私にとって音楽が無かった時代である。
中学の学園祭からギターを持ってステージに上がっていた私は、大学時代は、今で言うインディーズがあったら、少なくともそこに出ていたと思うくらい、音楽好きであった。
私の大学のバンドは、私と相方の二人組で、どちらも主にフォークギターを持っての自作の歌を歌うという、ごくシンプルなものであった。
大学院に入学してからも出ていたので、6~7年連続、大学祭に出ていたような記憶がある。

もちろん、音楽も聴くのも大好きであった。
中学の頃は英語の歌が多かったが、高校に入って、フォークソング部に入部してからは、「赤い鳥」と言う「翼を下さい」と言うサッカーの応援歌によく歌われた歌を歌っていた元々のバンドである。
その頃はさすがに邦楽を聞く機会も増え、洋楽ではレッドツェッペリンとかディープパープルとかが現役ばりばりの頃で、いわゆるビートルズの2代目世代をよく聞いていた。
恥ずかしながら、リ-ドギターを担当し「曲馬団」と言うロックバンドも組んで、上記したようなバンドのコピーをしていた。
そのときのキーボード担当が、今をときめくK君で、現役でもバンドを組み、有名アーチストの舞台のプロデュースもしている人である。
名前を明かしてしまえば年齢もばれるのでK君としておく。

前後したが、そして大学院を無事卒業し、就職して、私生活では子供もできていて、今までのように、ステレオの前で音楽を聴くことが無くなった。
そして、私の音楽不毛時代に突入するのである。

ZARDのデビューはちょうどそれが終わる少し前であったので、デビューからのファンではない。

少し生活も落ち着き、そのときはスポーツクラブに行っていたのだが、有線放送から流れ出てきたのが「この愛に泳ぎ疲れても」だった。
久しぶりに身震いがした。
すぐにインストラクター(私よりはるかに若く見えたので)に、「今有線で流れている曲はなんという曲で誰が歌っていますか?」と尋ねた。
インストラクターの女性はすぐさま「歌っているのはザードで曲名はよく分かりませんが、歌詞の通りじゃないですか」と言う答えであった。
つまり、歌っているのがザードで、曲名は多分、この愛に泳ぎ疲れても、と言う歌詞の全部か一部分であろうと言うことであった。

スポーツクラブから最寄り駅までの間にCDショップがあり、探すのも面倒であるから、すぐにカウンターの店員に、「ザードていう人が歌っているこの愛に泳ぎ疲れてもとか言うような題名のCDありますか?」と聞いたら、いわゆるオリコンの上位曲だったし、もちろんZARDも「この愛に泳ぎ疲れても」と言う題名もすべて一致していたから、すぐに出してくれたので、即購入した。

結局、それが起爆剤となり、私の音楽人生が再開し、ZARDと坂井泉水さん中心の音楽生活が始まった。
その頃同時にインターネットも流行りだしていて、色々と情報も手に入れやすくなってきていたので、坂井泉水さんがまだモデル時代の「蒲池幸子」の本名で出したという「ノクターン」と言う写真集も10万円で手に入れた。

結果的に、ホームページを開設し、当時ZARDの人気が最高潮の頃で、例の「ノクターン」もまるでエッチ写真集のように扱われ、会員制でお金を取って写真を見せるというホームページが多かったのに憤慨し、私のページには、その写真集や、それ以外の雑誌などに載っていた「蒲池幸子」さんの水着写真なども含めた、「蒲池幸子」~「坂井泉水」まで網羅した、もちろん閲覧無料のZARDのホームページを開設した。

まあ、今でもパソコンのソフトに弱い私であるので、開設してからしばらくは、アクセスカウンターなるモノを作ることができず、ちょうど中間ぐらいから設置できるようになり、そこからカウントしても40万ヒット近くまで言ったのを覚えている。

「ノクターン」と言う写真集は、今のモデルでもよく出す程度のモノで、乳首は出していないし、もちろんヘアーヌードでもない、まあロングヘアーブラとか、手ブラとかはあった、ちょっと挑発的な写真もあったが、モデルとして誰に恥じることもないすばらしい写真集であった。

それと、イメージビデオも二本ほど出ていて、まあエッチビデオと思って購入したら、全くの期待はずれのモノで、まさしくイメージビデオであった。
まあ、これがAVに出ていたの噂の元とは思うが。
このビデオの良いところは、ZARDの坂井泉水になってから、ほとんど正面写真が無くなったので、正面向いてしゃべる坂井泉水(蒲池幸子)さんが見ることができると言うことであろう。
ヌードビデオというのも見てみたが、不鮮明だし、歯の治療後が全く違うので、全く他人であった。

だから、坂井泉水さんは、ヌード写真集も出していないし、AVビデオにも出ていないというのが真実である。

楽曲の話から外れてしまったが、坂井泉水さんは作詞担当で、売れていた頃の多くの作品の作曲担当は織田哲朗さんである。
しかし、織田さんが「相川七瀬」をプロデュースするため、ZARDから離れたとほぼ同時期に、なぜかZARDの楽曲の売れ行きが落ちた。
ここのところは微妙な話であるが、CD全体の売り上げが落ちたのか、ちょうど「小室ファミリー」などが出てきて、ZARDが所属する会社のビーイング自体のブームが去ったのか、よく分からない。
確かに、曲自体も、統一性が無くなり、とてもミリオンヒットが誕生する雰囲気ではなくなった。
しかし、シングルを出せばオリコン1位か2位くらいはもちろん取っていた。
音楽業界全体が、「小室ファミリー」そしてその後は、浜崎あゆみに代表される「エイベックス」時代がやってくるのだ。

ZARDにはコアなファンがついており、シングルを出せば、先ほど書いたようなくらいは売れるのだが、浮動票は流行の方に移っていったのである。
しかしZARDの知名度や、楽曲の良さが失われたり、評価が悪くなったわけではなく、ベストアルバムはミリオンの連発だったと思う。
もうとっくに「負けないで」のZARDから脱皮をしていた。

そして待ちに待ったZARDの全国ツアーが行われ、ついにZARDは秘密のベールを脱いだ。
もちろん以前から分かっていたことだが、ZARDという音楽グループは存在せず(デビュー当時をのぞく)、ZARDとは、ボーカルで作詞家の坂井泉水さんを中心としたあくまでも音楽集団であり、固定メンバーは坂井泉水さんだけで、後のメンバーは、その都度その都度、ZARDに参加していた。
もちろん、歌詞という詩でその音楽性を高めていたZARDにとって、坂井泉水さんの詩と声さえあれば、それはZARDであった。
全国ツアーに関しては、どこかに書いてあると思うので詳細は省略するが、大阪のフェスティバルホールで二回行われた分は、私は二回とも行った。
実物の坂井泉水さんが目の前で歌っているのに興奮した。

もちろん、その後、そのライブもDVDになったが、そのとき残念だったのが、いわゆるハイビジョンでなかったことである。
まあ、次があるからと思っていた。

最近しばらくニュースも聞かないし、ファンクラブの会報にも坂井泉水さん自身が「しばらくの間体調を崩しており・・・」とか書いていたので、ちょっと心配はしていた。
そして突然の訃報である。

それも、癌で闘病生活を送っていて、再発後であるが、比較的予後が良かったところで今回の転落死である。
もちろん、自殺説もあるが、私はあの大きな病院でたかが三階から飛び降りての自殺はないと思うので、転落事故説を支持する。

しかし、それはたいした問題ではない。
坂井泉水さんが、闘病していたという事実の方が大事である。
文字通り、病と闘っていたのである。
この1~2年間の間、病と闘っていたのは事実であり、私はそれさえも知らなかったのが嫌である。
別に私がエールを送っても坂井泉水さんには届かなかったであろうが、少なくとも気持ちだけでも戦いたかった。
共に戦いたかった。

でも、一人で戦い、一人でこの世を去ってしまった。

詩人らしいと言えば詩人らしかったかもしれない。

多くの心に残る作品を私たちに残してくれた坂井泉水さんに大きな拍手を送りたい気持ちである。
そして、これからもこんな気分の時はZARDのこの曲を、あんな気分の時はZARDのあの曲を、とZARDの曲を聴き続けるであろう。
本当に坂井泉水さんには心から大きな拍手で見送ろう。

しかし、坂井泉水さんが、もうこの世には存在しないと言うことも事実である。

                  合掌

|

« 長崎市市長選挙はテロに屈した! | Main | ZARD 坂井泉水さんの死パートⅡ »

Comments

こんにちは♪

素晴らしいコラムですね。大体は自分と同じ傍観なので凄く勇気付けられましたよ。私も「後追い自殺」せずに済みそうですねwちなみに「後追い自殺」は可能性ある人間が約一名いますよwご存知かもしれませんが、それは「ZARD Freak」の管理人のSensuizumiさんです。私は当時「軌跡」が発売されていずみんに夢中になっていた頃、Sensuizumiさんのホームページをリアルタイムで読んでいたので、滅茶苦茶この人の気持ちがわかるような気がしています。武勇伝は下に貼り付けしていますwこの人は、もう圧巻でして、たとえこの人が自殺されていてもそれは決して不思議ではありませんね。実際、音楽葬前日に「これまでの自分のすべてに、終止符の打ち時かもしれません」と意味深なコメントを残したまま一ヶ月以上も音信不通になっているのです。

自分は、訃報を聞いた時点で忙しさにかまけていたということもあってZARDを暫く休業していたので、まさかこんな形で再会するとは思ってもいませんでした。ご病気察知できなかったこと、悔やまれてなりません。

5/27の真相は永遠に闇に葬られるでしょうし、もうすでにファンの間でタブーになっているのですが、やはり真実は気になりますね。これについては事務所がやたらと隠蔽したがるし、警察発表と矛盾しているしで、どれが真実かわからないままですが、物理的な観点から事故死(手すりに飛び乗って滑った)が妥当かもしれません。三階ならば、脳挫傷では済まされないでしょうね。どちらにしても自殺の可能性もまだ考えられますが…。

最後に、もう一度ライブでお会いしたかった…。


以下、2chからのコピペですが…、
SENSUIzumiさんの武勇伝
◆中学生当時、実家の住所を調べ上げ、親族と会食。坂井母の車の送り迎え付き
◆中学生当時、スタジオ出待ちで、数々のビーイング系アーティストやスタッフと交流
◆3Gのキーパーの担任教諭に電凸
◆坂井の母校に訪問し、たまたま坂井と同級生だった現職教師と交流し、卒アルをゲット。
◆坂井の元実家の近所の人と交流。ゆかりのグッズを見たり、素人時代の話を聞く。
◆船上ライブのためにベストアルバム数百枚購入
◆結局ハズれた船上ライブも、チケットを裏ルートで入手。身分証偽造しライブに参加
◆船上ライブに「がんばって」のヤジ収録
◆坂井がZFを閲覧していることが露骨に発覚する(10周年記念サイト)
◆ZARD BLEND IIの収録曲が突如変更されたことに異常に抗議 ⇒アルバムにお詫びを封入させる
◆国際フォーラム二日目、「私は言葉を大切に~」のMCで「今日は違うことしゃべって」とヤジ ⇒偶然か必然かDVDにその日のMCが収録され、訃報報道や音楽葬の大型ビジョンで、度々その模様が流され、坂井が死してなおその存在をアピール。(ネット上で見た噂まとめ)
◆かつての職業はホスト説(ベストアルバムの購入費はそこから捻出)
◆そのストーカーぶりが買われ、ビーイングスタッフになっていた説(ブログの突然の閉鎖理由
◆坂井本人、もしくは親族と交流があり、情報をリークしてもらっていた説(異常な知識と情報量)
◆DVDのメイン収録が国際フォーラム二日目になったのは、坂井がわざわざ「今日は違うことしゃべって」とヤジがあったその日をチョイスしたとの説
◆坂井泉水の死で後追い自殺する?

Posted by: silicon | August 05, 2007 at 07:31 AM

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/40115/15265420

Listed below are links to weblogs that reference ZARD 坂井泉水さんの死:

» シングルベッド [シングルベッド]
シングルベッドで毎日熟睡していますよ。 [Read More]

Tracked on June 02, 2007 at 12:09 PM

» ZARD(ザード) [ZARD(ザード)情報]
ZARD(ザード)についての最新情報をピックアップしています [Read More]

Tracked on June 02, 2007 at 03:16 PM

» 蒲池幸子 [蒲池幸子情報]
蒲池幸子についての最新情報をピックアップしています [Read More]

Tracked on June 02, 2007 at 03:37 PM

« 長崎市市長選挙はテロに屈した! | Main | ZARD 坂井泉水さんの死パートⅡ »